Sleep Training
今回は Sleep Training について。初めて聞く人は不眠症の人向けのトレーニングだと思うかもしれない。そうではなくて誰の眠りをトレーニングするかというと赤ん坊の、だ。近頃では「ねんねトレーニング」と称して日本でも広まってきているようだが、このコンセプトは一昔前の日本にはなかったんじゃないかと思う。日本では子供が生まれたら親子3人川の字で寝るというのが一般的な光景だろう。逆に英語には(もちろん漢字の川という字が存在しないのもあるが)この川の字的な「親子いっしょの幸せな眠り」を意味する表現はない。あえて言えば Co-sleeping とか Bed-sharing というところだろうか。
アメリカでは生まれる前から赤ん坊の部屋を用意して、生まれたての赤ん坊でも自分の部屋で眠らせるのが主流だ。他の部屋から赤ん坊の様子を伺えるベビーモニターもよく普及している。でもやはり小さな赤ん坊はついこの間までママのお腹の中にいた訳だし、部屋に置き去りにされたら泣く。一方、親の方だって赤ん坊が泣き続けたら戸惑うし自分だって疲れ果てていて眠かったりする。というとこで、赤ん坊の定期検診で小児科に行くと Sleep Training の話が出るのである。うちの息子がかかっていたトライベッカの小児科でもそうだった。
”How’s sleep training going?”
と毎回ドクターから聞かれたものだった。そして
「ベビーベッドに寝かせても泣いてばかりで全然眠りについてくれません」
というのが私と夫の毎回の答え。するとドクターが色々とアドバイスをくれる。当時私たちが暮らしていたのは大きなスタジオ(ワンルーム)だったが、ドクターは状況を細かく聞いて
「私も最初の子が生まれた時はスタジオに住んでいてね、部屋をカーテンで区切って子供用のスペースを作ってトレーニングしたのよ」
と、とにかく赤ん坊がひとりで眠れるようにトレーニングすることの大切さを強調するのだった。
何回もベビーベッドで息子を寝かせつけようとした。ところが腕の中で揺らして眠ったと思ってもベッドに置いた瞬間に泣いて起きたり(頷きながら読んでいるママさんも多いだろう)、しばらく泣いたままベッドにそのままにしてみても全く眠ってくれない。泣き続ける赤ん坊の声を聞いていると私の方まで泣きたくなってくるし、なんと言ってもいたたまれない。そこで息子を夫と私のベッドに連れてくると見事にピタッと泣き止むのだ。こんなことが何回か続いた後、ある日夫と
「一緒に寝たらいいんじゃないの?」
ということで意見が一致した。私は日本人だから赤ん坊と一緒に寝るほうがしっくりきたし、アジア系の夫も同じだった。親も子もハッピーで何が悪い?けれど、赤ん坊を親のベッドに眠らせるなんてドクターからは大反対されるのはわかっているし、面倒だからある時点からは
”How’s sleep training going?”
の質問に対してはただ
”Going well.(うまくいってます)”
と答えるようになった。赤ん坊が眠っている親の下敷きになって死亡するという事故も確かに起こっている訳だから、安全性の面からしてもドクターは絶対にノーと言うのだ。有り難いことに息子は夫や私に潰されることなくスヤスヤと大人のベッドで眠って成長した。今では夜中に息子の足がドサっと降ってきたりして逆に親の安全を確保するのに精一杯なくらい。
ところで、アメリカの子育てのウェブサイトを見ていると必ずと言っていいほど “CIO” と言う言葉が出てくる。CIO - Cry It Out Methods のことだ。検索してみると CIO でも徐々に慣らしていく方法とか泣き疲れて眠りに着くまでそのままにする方法とか色々あるらしいけれど、私がアメリカで子育てを始めた頃は多くのママが後者に近いやり方の事を CIO と呼んでいる印象が強かった。ちょっとかわいそうじゃない?と思っていた。そしてかつてのホームステイ先のファミリーを思い出した。当時ホストファミリーに2歳の女の子がいて、彼女は寝る時間になると
「さぁ、部屋に行って寝なさい」
と言われる。まだ眠くないのかひとりで眠るのは嫌なのか、泣いて反抗する彼女を親が淡々と部屋に連れて行って
「おやすみ」
と部屋のドアを閉める。2歳の彼女はもうパニック状態。半狂乱のようにドアを叩いて泣き叫ぶ…というのが日常だった。あれじゃあ夜眠るのが怖くて嫌にならないかな?精神的に影響が出ちゃわないかな?と思ったものだった。たったの2歳だもの、ママと一緒にいたいよね。あれも一種の CIO だと思うとやっぱりネガティブなイメージが付きまとってしまう。
産休中のうちにゆっくりと日本の両親に孫を見せたい一心から、息子が生後2ヶ月の時に一時帰国した間の出来事も思い出す。親が親戚からベビーベッドを借りてくれたのでそこに息子を寝かそうとしても泣いてばかりで全然眠ってくれない。ところが長旅の疲れと時差ボケで「もうダメ」状態の私がうつらうつらとしているうちに、しばらく泣き続けていた息子が泣き疲れて寝てしまった。
「おっと、これがCIOじゃない?」
なんて思っていたら次の夜ナント息子、すっとひとりベビーベッドで眠りについた!素晴らしい!早くもひとり寝を習得したか!でかした息子よ!が、喜ぶのもつかの間、それは偶然の賜物だったのか結局長続きしなくて今でもうち はbed-sharing 派だ。
親の方針が色々なら子供のタイプも色々で、中にはトレーニングせずともすっとひとりで眠ってしまったり親が近くにいなくても平気な子もいるようだ。(それもちょっと羨ましい。)
子供とどう接してどう育てるか。眠りの事も含めて、正解・不正解があるものではない。それぞれ事情も価値観も違うし各家庭の自由だ。我が家では子供が親に守られているという安心感を持って育つ事が、特に幼少期は大切だと考えている。子供がリラックスしてグッスリと眠れる事もその一部。私だって小さい頃は天井の木目が顔に見えたりして怖くなって母親の布団に潜り込んだりしたものだ。母親からは私が動くので眠れないと文句を言われたが、拒まず入れてくれたし私も安心して眠れたのを覚えている。息子の足が顔面に降ってくるリスクはあるものの5歳になった息子の寝顔を真横に見ながら一緒のお布団に包まる幸せ。そのうちお願いしたって一緒に寝てくれなくなるんだから、今のうちは思いっきりこの幸福感を味わっておこうと思う。