「Megさん、がんばって」

前回に続いて、もうひとつ心に残った言葉を。

私が留学したのは、もう20歳代後半になってからだった。ニューヨーク市からバスで5時間程の田舎にあるニューヨーク州立大学で音楽ビジネスを専攻していた。ドライ・キャンパス(キャンパス内での飲酒は一切禁止)であるにも関わらず、パーティースクールと呼ばれている程パーティー好きの学生が集まっている大学だった。そんな事は留学手続きの段階では知る由もなかったが、世界各地から集まっている留学生達は真面目な学生が殆どで多くのアメリカ人学生達がパーティーに明け暮れている一方でしっかりと勉強をして好成績をおさめていた。高校卒業後親元を離れたばかりの18歳からしたらもう「おばさん」みたいな年の私は自費留学という事もあって「なるべく早く、好成績で卒業してやる!」とただひたすら勉強をしていた。キャンパスに鹿や兎が出没するような田舎でダウンタウンに行っても見事に何もないところだったから勉強以外する事もなかったし、唯一のお出かけ先は週末に買い出しに行くWalmartくらいしかなかった。

同じ年に日本人留学生は10数人いたと思う。女の子が殆どで皆おしゃれで綺麗にしていた。日本の基準だと普通なのかもしれないが、アメリカ人学生というものは女の子はトレーナーにジーンズ、髪はポニーテールみたいなカジュアルが定番だっただけにおしゃれさが際立っていた。彼女たちは Thanksgiving や Christmas のような休暇になるとバスに乗って5時間かけてシティ(ニューヨーク市)の日系美容室に行ったり古着屋で買い物なんかしていた。

そんな彼女たちとは逆に私はどんどん服装や見た目に関してズボラになって行った。だって、ほぼキャンパスから出る事もないし寮と教室の往復のような日々だもの。しかも周りは私より5年10年若い子達ばかり、ときめくような事もないし。トレーナー、スウェット、ジャージが定番で髪も毎日ゴムひとつのまとめ髪になった。お化粧もいつの間にか面倒になってすっぴんで過ごしていた。そんなこんなで気づかないうちに日本人の感覚からしたら相当スゴいことになっていたらしい。

さて、日本からの同期留学生で同じプログラムにMちゃんという女の子がいた。Mちゃんはオシャレさん。とてもシャイで可愛らしい感じの子だったが、芯はしっかりとして真面目な努力家だった。夜いちばん最後まで寮のコンピューターラボで勉強していて、朝行くとだいたい彼女が一番乗りだった。いくつか同じクラスを取っていた。

ある日、いつものズボラーモードで教室に入って行くとMちゃんがもういちばん前の席に座っていた。そして
「おはよー!」
と声をかけた私に目を向けたMちゃんは明らかに「はっ(!)」と動揺しているそぶりだった。次の瞬間、言いづらそうにちょっとうつむき加減に、小さな声で彼女が言ったのは、
「Megさん、がんばって…」
だった。なんてこった!そ、そんなにマズイ?!なんだか妙に堪えた、というかビビッとくる一言だった。キャンパスに野放し状態だったズボラーおばさんに喝を入れてくれたMちゃんには感謝感謝、だ。そのままだったらどこまでズボラになっていたことか、想像するだけで恐ろしい。

もともとあまりファッションを追求する質ではない私はその後も油断すると3パターンのファッションを繰り返す、みたいになってしまいがちだった。Mちゃんと一緒だった大学を卒業した後の大学院時代もかなりズボラー寄りな日々を送っていた。そして次にビビッと来たのは大学院を卒業してレコード会社に就職した時。職場にとてもオシャレさんがいていい刺激で私を救ってくれたのだった。彼女はMちゃんのように言葉で忠告をしてくれた訳ではないが、個性が生きたファッションに身を包みオフィスをウキウキした感じで歩く彼女を見るとこちらも思わず微笑んでしまう感じだった。最低レベルを保とうよ、と警告してくれたのがMちゃんなら彼女はもう一段上の、自分が気持ち良くいられる為の自分なりの身だしなみというものを教えてくれた気がする。

その後結婚して子供が産まれると再度ズボラーの波がやってきた。小さい子の母親というのは自分のことにかけている時間がないものだ。髪も伸ばしっぱなしになって毎日後ろでひとつにまとめるだけ。洗濯して取り込んだ物を交互に着るような日々。今回の救世主はもうすぐ花の女子大生になる姪っ子だった。昔から「Megちゃんらしい」イヤリングや帽子なんかをプレゼントしてくれる彼女に
「伸びちゃった髪の毛を乾かすのが面倒だからショートカットにしてみようかな」
と言った時の何気ない返答は
「今よりいいかもね」
だった。手抜き気味な日々が続くとその都度誰か(何か)が警告して軌道修正してくれるのだった。

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