さっきまでいたのに、もういない
今年1月、うちの家族でボーダーコリーのハービーが「お星様になった」。4歳の息子にはそういう言い方をした。彼にとっては生まれてからずっと一緒の兄弟みたいな存在だったから、ハービーが突然いなくなって4歳児なりに寂しい気持ちや死というもの関する疑問が湧いたようだ。遊んでいてふと思い出し
「ハービーいないね…」
と悲しい顔をする。
自分が子供の頃たまらなく死というものが怖かったのを覚えていて、まだ息子には理解する力より恐怖心のほうが大きくなりそうな気がしたので、火葬も葬儀も息子が幼稚園に行っている間に夫と済ませた。
ニューヨークで主人と出会って初めて彼のアパートに行った時、ルームメイトと犬がいた。私はそれまで犬を飼ったことがなかったしあまり犬と接する機会自体なかった。かと言って犬が嫌いでもなかった。私にとっては彼氏と一緒に大型犬が生活の一部になったけれどハービーにとっては「相棒の彼女」なるものが突如現れたことになる。彼はどうやら自分も人間だと思っているようで、新しいトモダチの私を自然に迎えてくれた。
ハービーを一言で言うと ”Chillin'” な感じの犬、だ。とにかく物事に動じなくて、いつも穏やかでリラックスした感じ。ハンサムでスリムで頭が良くて吠えない噛まない、けれどドアの外に聞きなれない(匂い慣れない)何かがあるとちゃんと知らせてくれた優秀犬。人間だったらかなりのモテ男くんになっていただろうな。そして愛情表現豊かでいつも息子の顔や私の手をペロペロ舐めまくって
「もういいよ~(苦笑)」
と言われていた。
息子が生まれて初めてのご対面のシーンは忘れられない。犬は子供ができると嫉妬すると聞いていてちょっとドキドキだったが、ベビー籠に入った小さな「いきもの」を興味津々に出迎えてついてまわっていた。その時も優しいオーラでいっぱいだった。数ヶ月後には尻尾を掴まれたり馬乗りにされて流石のハービーも逃げていたけれど…(笑)。
ハービーがいなくなって一番辛い思いをしたのは夫だ。15年連れ添った相棒の死。
犬を飼う気などなかったが、狭いところにはまって身動きが取れないでいるところを救助されてきた子犬がいるから見に来いと友人に言われ行ってみたところ一目惚れしてしまったという運命の出会い。携帯電話やソファを食べちゃったというテキサスでの子犬時代。夫本人がトイレもしっかりトレーニングをし、ニューヨークへは「犬1匹とスーツケース1つ」の引っ越しだったそうだ。
犬好きが多いニューヨークでは散歩しているとパドック中の競走馬ばりにシャキッと姿勢の良いハンサム犬に声をかけてくれる人も多かった。当時夫が住んでいたアパートはウォークアップ(エレベーターのない、階段だけのビル)の5階だったから1日2往復(夫は通勤もあるからそれ以上)、夫もハービーも昇り降りがいい運動だった。アパートに戻るとペットフードのコマーシャルのようにご飯めがけてまっしぐら、滑り込みで走って来る元気な子だった。更には14時間のフライトに耐えて日本にまで一緒にやってきてくれた。ニューヨークでは
「テキサス訛りで喋る(吠える?)から他の犬から田舎者扱いされてるんじゃない?」
なんて夫と冗談を言っていたのだが、今度は
「日本のイヌトモとはコミュニケーション取れるのかな?」
だった。在宅勤務で外出が億劫になりがちな夫を毎日外に連れ出してくれた。旅行中どこに預けても褒めちぎられて帰ってくる自慢の子だった。
15歳に近づいた頃、いつも元気いっぱいだったハービーに変化が現れた。足腰が弱まってきたのをきっかけにそれまで見えていなかった体内のダメージがあれよあれよと表面に出てきてお正月には動けなくなってしまった。犬の15歳は人間でいうと相当なおじいちゃんだから今思うと不思議ではないけれど、ずっと健康を絵に描いたような子だったからとても心配したしハービー自身が一番動揺したみたいだった。
「ボクどうなっちゃってんの?」
とよく動く目で不安そうにキョロキョロ周りを見ていた。
10日ほど入院したけれど、結局そのまま病院で息を引き取った。あまりにバタバタとした展開、というかあっさりだったので現実味がなくて不思議な感じだった。この間まで普通にお散歩していたのに?さっきまでそこで息をしていたのに?ハービーがこの世からもういなくなった。病院で体を綺麗にしてもらって箱に入っての帰宅。ハービーのいない夜、そして朝。
「おやすみー」
と
「おはよう!」
がまだ自然と口から出る。外から帰宅すると
「おかえりー」
と寄って来る顔、そして昼間から「くー」といびきをかいて寝ている姿。あまりに生活に溶け込んでいたからあれから一日中違和感だらけだ。
ハービーがいた頃は掃除機をかけてもかけても床をコロコロ転がっていた彼の毛。我が家の hairy monster(毛むくじゃらモンスター)、いつも夫と
”We love you, but we don’t love your hair!” (「キミは愛してるけど毛は愛せないよ!」)
と言いながら掃除機をかけていた。お出かけ前は洋服をコロコロするのに必ずどこかに付いて来ちゃうハービー。それが消えた。寂しい。
息子と遊んでいたらハービーの毛がおもちゃにくっついていた。
「あっ、ハービーだ!」
思わずそう言うと息子が抱きついてきて
「ハービーはお星様になってハービーのママと一緒にいるよね」
と。そうだね、生まれてすぐに何かの理由でママと離れて15年、ハッピーにママと再会して Chillin' しているに違いない。