ドリアン事件
何故だろう。突然あの事件を思い出した。常夏の国シンガポールで起きたあの事件を。
ニューヨークのレコード会社で働いていた私はアジアのマーケットを担当していた。10カ国での販売を展開していて、2ヶ月に一度、販促グッズが詰まったずっしりと重いスーツケースを引きずりながら太平洋上を飛んで出張していた。
10カ国のうち、日本以外で一番よく訪れたのがシンガポールだ。シンガポールをアジアの拠点とするプロジェクトがスタートした際、「ひとりアジア担当」の私は3ヶ月のシンガポール滞在をしたこともあった。よくやったなぁ(独り言)。
シンガポールにはエスプラネード(Esplanade)という巨大なドリアン型をした芸術センターがある。ここで毎年行われるモザイク(Mosaic)という音楽フェスティバルがあって、ある年にうちのレーベルが招かれた。かなり大掛かりなタイアップだ。レーベル史上初の海外での大イベントということで社長、イベント担当、そしてアジア担当の私が現地に赴き、アジア各国のディストリビューターも集めてカンファレンスまで行うことになった。今振り返ると…どうやってあれを可能にしたのか覚えていない(笑)。まず寝ていなかった。シンガポールはじめアジアの各国とのメールや電話のやりとりをニューヨークからしていると、時間の感覚はなくなっていた。ニューヨーク夜8時、日本と韓国の営業時間が始まる。その1時間後に台湾・香港・シンガポール・マレーシア・フィリピン、その1時間後にインドネシアとタイ、そして更に1時間半でインド。これを一気にやろうとすると間違いなく御前様コースだ。因みに、サマータイムが終わると時差はもう1時間開くので、夜9時まではアジアは動き出さない。いやー、全くよくやった(再度独り言)。
だから、ニューアーク空港からシンガポールまでの直行便(なんと18時間!)も全く苦にならず。当時は仕事が追いかけて来ない(ネット環境がない)フライト中はくつろぎの時間だった。ひたすら眠って常夏のシンガポールに到着!
現地でイベント担当に合流すると彼はかなり神経を尖らせていた。イベントで公演を行うアーティストたちとのやりとりを担当していたのが彼で、
「全員にドラッグだけは絶対、絶対持ち込まないように言ってあるんだ」
と指でオッケーサインのような丸を作り
「こんなコインサイズのドラッグを持ち込むだけでハング(絞首刑)にされちまうから」
と真顔で言っていた。
余談だが、シンガポールには厳しい法律がたくさんある。麻薬はもってのほかだが、他にも例えばガムの持ち込みもダメだし、トイレの水を流さなくても罰金だ。Fine City(罰金の町)と呼ばれる所以だ。おかげで街はとても美しいが。
さて、アーティストたちは皆無事到着(セネガルのビッグネーム、ユッスー・ンドゥールもいたよ)、イベントの担当もホッと胸をなでおろしていた。
「やれやれ、これで一息つけるよ。ねぇ、せっかくシンガポールまで来たんだから美味しいドリアンをマーケットに買いに行こうよ!」
「いいねぇ、行こう!」
という訳でふたりでタクシーに乗り込みマーケットへ。私にとっては初めてのドリアン体験だった。
「これねー、日本では高級デパートとかにしかなくて、8000円とかするんだよ」
などと言いながら、その場でフレッシュなドリアンを食す。うわー、バターみたい!思ったよりニオイは気にならなかった。イベント担当の彼は相当のドリアン好きらしく、ものすごい勢いでドリアンを頬張っていた。食べ終わると、
「今夜ホテルの僕の部屋に仲のいいバンドが来てちょっと飲むからひとつ買って行こう。Megもおいでよ。」
と、これまた立派なドリアンを買っていた。
帰りのタクシー。乗車拒否はされなかったけれども、ドリアンをチラ見すると運転手さんは窓を全開。そりゃそうだ。
その夜、今度はディストリビューターさんたちとのカンファレンスを翌日に控えた私が神経を尖らせていた。なので気分的に「集まって飲む」どころではなくなってしまい、インベント担当の部屋にはアーティストへの挨拶だけしに行った。
次の日、
「飲み会とドリアンどうだった?」
と聞くと、
「ドリアン!Oh my God!それがさぁ…。」
話を聞いて大爆笑してしまった。まず、部屋にドリアンを持ち込んだはいいが、匂いが強いので窓の外に出しておいた。飲み会が始まると、ドリアンはすっかり忘れ去られ、翌日までずっと窓の外だった。気づいた時には、茹だるような暑さの中で長時間放置されたドリアンは恐ろしいことになっていた...。さて、どうしたものか。実はホテル内へのドリアン持ち込みは禁止なのだ(匂いが強いため)。考えた挙句、イベント担当はフロントに電話して
「窓の外にドリアンとかいう知り合いが持ち込んだフルーツがあるんだけど」
と伝えると、速攻で除去スタッフがとんできたという。ホテル側にしてみたら大迷惑な話である。
ユッスーも他のアーティスト達も公演は大成功に終わった。アジアのディストリビューターを集めてのカンファレンスも無事終了で社長もご満悦。私はお土産のドリアン・キャンディーをスーツケースに詰め、仕事が追いかけてこないフライトで帰路も18時間ぶっ通しの睡眠を満喫した。
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