ニューヨーク、夢の街(11.11.11の出来事)
世界中から人々が集まる街、ニューヨーク。私の第二の故郷とも言える街だ。そこに住んでいた十三年の間には実に様々なシチュエーションに遭遇したものだった。映画のロケ、ドラッグ中毒者が街頭で暴れる現場、私を誘拐しようとした男…。挙げていったらきりがない。それら数々のシチュエーションの中で、何回見てもいいものだねぇ、と幸せな気持ちになったのはプロポーズのシーンに居合わせた時だ。
最初はロックフェラーセンターのスケートリンクでだった。年末が近づくと、ニューヨークはクリスマスやハヌカの飾り・イルミネーションに溢れ、街行く人々の表情も明るくなる。中でも巨大ツリーの点灯式で有名なロックフェラーセンターは美しくライトアップされ、見学に訪れる人々で大賑わいだ。その日、友人と風物詩を楽しもうと巨大ツリーを見に行った私は記念撮影をしたり、高層ビルに囲まれた色とりどりの光の空間を楽しんでいた。
「それにしても人が多いねぇ」
などと言いながら、ツリーを見上げるスケートリンクの周辺に立ってぼんやりとスケートする人々を眺めていたその時だった。手と手を繋いで滑っていたカップルがリンクの真ん中辺りで止まったかと思ったら男性の方が女性にクルリと向き直り手を取って跪いた。突然の出来事で、女性の方はあまりの驚きに手を口に当てながら目を大きくし、恥ずかしさと嬉しさが混じった表情をしている。頬がピンク色になっていくのが遠目でもわかるくらいだ。次の瞬間、ウワーッという歓声と拍手がリンク内外で嵐のように起こった。そして女性の指に指輪がはまるとまた二人は嬉しそうに手を繋いで滑り出した。ニューヨークの冬は耳がちぎれそうな程の寒さなのに、心がポカポカと温まる出来事だった。
二つ目に目撃したプロポーズは、ミュージシャンである友人が出演しているジャズクラブの公演中だった。ジャズのメッカであるニューヨーク。数多いクラブの中でも特に有名な老舗はその晩も満席だった。数曲演奏した後、バンドのリーダが
「今日はちょっと特別な夜でね…」
と一人の男性をステージ上に招いた。見るからに極度の緊張でカチコチになっているその男性を見た瞬間、私を含め客席の全員が次に起こるであろう「出来事」を察知していた。しかし、マイクを向けられても、驚いた顔で客席に座っている連れの女性の方を向いたままで声も出ない男性。もじもじと何も言えないまま数分が経過した。すると、痺れを切らした客席から、
「Just say it!(言っちゃえ!)」
と応援の声がかかり始めた。男性がとうとう震える声でプロポーズすると、相手の女性の
「Yes!」
という声が会場に響いた。ピアニストが気を利かせてウェディングソングを弾き始め、バンドもそれに続く。クラブ中が一体となって笑顔と拍手で二人を祝っていた。何年も経った今でも思い出すと微笑んでしまう。
そして三つ目。忘れもしない、2011年11月11日。
「今日はイレブン・イレブン・イレブンだね」
と、当時はまだ同棲中の恋人だった夫と朝から話していた。テレビのニュースでもこの「縁起が良い」「特別な」日のことを話題にしていた。その日は夫の友人がイベントに誘ってくれたので、仕事の後一旦アパートに戻ってから一緒に出かけようということになっていた。
帰宅後。いつもなら待ち合わせがあってものんびりと準備をする彼が、その日は早く早くと私を急かす。そして、急かした割には
「イベント会場が大好きなタイムズスクエアの近くだからちょっと寄りたいんだ」
などと言う。夫がタイムズスクエアのエネルギー溢れる雰囲気が好きと言うのは知っていたが、常に混み合っていて真っ直ぐに歩くのも困難なエリアなので私にとってはあまり好んで行く場所ではなかった。しかも11月のニューヨークの夜はかなり冷え込む。
「えーっ!イベントに直行しようよ。寒いじゃない」
とブーブー文句を言いながらもタイムズスクエアのど真ん中に位置するTKTSの赤い階段に向かう彼について行った。レッドカーペットを敷き詰めたような階段上にはいつものように観光客が所狭しと腰を掛けていた。
「ほら、やっぱり凄く混んでいるじゃない。今日は履き慣れないヒールも履いてるし、もう行こうよー。寒いよー。友達ももう会場で待ってるわよ」
と駄々っ子モードの私。ヒールで階段を登るのが面倒で避けようとするが、夫は私の手をとって階段を登りだした。
「上まではいやだー。疲れちゃうもの。この辺でいいじゃない」
私も最後まで抵抗するが結局かなり上の方まで引っ張られて来てしまった。もはや観念するしかない。私の横に立って満足気にタイムズ・スクエアを見渡す彼を見て「あぁ、本当にここが好きなのね」と思った。確かにここからは所謂ニューヨークらしい景色を一望できる。
と、突然彼が私の方にクルリと向きを変え跪くではないか。えぇ?ナニ?今ここでこうくるか!あまりに意表を突かれて声も出なかった。彼がポケットから指輪を取り出す光景は驚きの気持ちとセットになって今でも鮮明に覚えている。プロポーズの言葉に私が
「Yes!」
と返事をすると、いち早く気付いた周りの人々からヒューヒューと歓声が上がった。うわっ、反応早っ!と周りを見ると、あれ?友達のTLじゃないか。あれあれ?あれぇっ?その隣も、そのまた隣も、友達だらけ!気付けば、彼と私は四十人ほどの友人たちに囲まれていた。ダブルの驚きに必死で状況を把握しようとする私だった。目をパチクリさせているうちに、
「おめでとう!」
と友人が大きな花束を手渡してくれた。急に目頭が熱くなり、嬉し涙でタイムズスクエアのネオンが滲んで見えた。
夫はこの特別な日を大好きな友人たちに囲まれて迎えたいと、全て私に内緒で計画を進めていたのだ。今考えると、帰宅後の彼は明らかに様子が違っていたっけ。
「最後の最後まですごく緊張してたんだよ」
と、照れながら夫。そりゃそうだろう。しかし甲斐あって大成功だ。一方の私は、驚くというのはこういう事かという程、とにかく人生で一番驚いた出来事だった。それにしても、周りが友人だらけだったのに階段を登っている間も全く気付かなかった。皆バレまいと必死で顔を隠していたのだろうが。撮ってくれていたビデオを見ると、
「来た来た!」
とか
「イエスって言った?」
なんていう友人たちや周りの観光客の声が入っている。そして、赤い階段の上で撮った記念写真にはホッとした表情の夫と涙目で花束を抱える私が皆に囲まれて写っている。
かくしてイレブン・イレブン・イレブンは夫と私にも「縁起が良い」「特別な」日となった。私が見ず知らずのカップルたちのプロポーズを笑顔で思い出すように、私たちのプロポーズもあの日タイムズスクエアを訪れていた見ず知らずの人々に幸せのお裾分けをできただろうか。
ポッドキャスト第2話:第二の故郷、ニューヨーク “Empire State of Mind (Part II) Broken Down” by Alicia Keys ☟(Anchor・Spotify・Apple Podcasts・Google Podcasts・Amazon Podcast でお聴きいただけます。)
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